2018年9月23日日曜日

横川ハイウエイガーデン

幼い頃、夏になると、父や叔父に連れられ、

東京から長野の祖父母の家に遊びに行きました。

列車が碓氷峠にさしかかると、

雑木林の薄緑がキラキラと眩しく、私は、

車窓にしがみつくようにして目を凝らしていました。

しかし、それもつかの間、暗いトンネルに、

何回も何回も吸い込まれてしまうのは、

子供心に情けないと思ったことを

 昨日のことのように覚えています。


有名な荻野やの釜めしを

横川駅の発車時間に間に合うよう、

大人たちがホームを走り回って買い求めていました。

列車が動き始めると、販売員のおじさん達が

深々とおじぎをして見送ってくれました。


線路に近いレンガ造りの変電所がお洒落で、

外国の風景のように素敵でした。


それらは、いつまでもそっと胸に抱いていたい、

優しかった父や叔父との、記憶の中の出来事です。




アプトの道・めがね橋上

アプトの道

信越本線アプト式鉄道時代の廃線敷を利用して、
横川駅~熊ノ平駅の間の約6キロメートルを遊歩道として整備し、
碓氷峠の自然とめがね橋をはじめとする鉄道遺産に
ふれることができます。
写真と説明は、こちらから。



丸山変電所

旧丸山変電所

丸山変電所は碓氷線が幹線鉄道ではじめて電化されたことに伴い、
明治45年に建設されました。
煉瓦造り建築の最盛期のもので、純煉瓦造りです。
また、当時の鉄道・電気の最先端技術が導入されました。

写真と説明は、こちらから。


めがね橋

碓氷第三橋梁(めがね橋)

碓氷第三橋梁 通称「めがね橋」は明治25年12月に完成。
芸術と技術が融合した美しいレンガのアーチ橋です。
写真と説明は、こちらから。



信越本線、碓氷峠の横川~軽井沢間アプト式鉄道は、

その後、旅客、貨物輸送の需要増加対応できなくなり、

新線の開通と共にその役目を終えました。

そして、その新線もまた、一般路線に比べ、

膨大な運転コストがかかることを理由とし、

平成9年9月30日の特急あさま号を最後に、

横川-軽井沢区間は廃止となったそうです。

その後、時代の流れは、

長野新幹線と上信越自動車道へと移っていきました。


ところで、2018年、9月14日は、早朝から雨でしたが、

私は、予定していた通り、両親の墓参りのため、

早朝7時半に夫と車で横浜の自宅を出発しました。


藤沢を経て、茅ケ崎から圏央道に入り、

埼玉県鶴ヶ島から関越自動車道へ、その後、

藤岡ジャンクションを上信越自動車道に折れると

10時半には、碓井軽井沢インターの手前、

横川サービスエリアに着きます。





ヨーロピアンスタイルの外観と、
碓氷峠の代表的なレンガ造りの建造物をイメージした内観。

写真と説明はこちらから。



横川サービスエリアは、広々とした眺めが清々として、

高原の空気が美味しいと感じるサービスエリアです。



駐車場から向かって中央に

ショッピングセンターとレストランの建物、その左に

瀟洒なタリーズコーヒーのカフェがあります。

そして、そのさらに左に、

「おや、ここにこんな場所が。」と驚かされるような、

整然と植栽された実にセンスの良い庭が

人知れずといった雰囲気であるのでした。



昨秋、最後にこの場所を訪れた時、その一角が新たに

ローズガーデンとして改装されると知らされた私は、

庭の再訪を心待ちにしていました。



横浜ほどの雨模様ではなかったのでしょうが、

水滴の残る宿根の花々を囲むように

素朴な千日紅の彩りがあり、

茂みに埋もれ、名札を確かめることが出来ない

薔薇の花が数種、咲いていました。



ヤナギハナガサ(バーべナポナリエンシス)



フェアリーホワイト(フランネル草)









エボルブルズ













グラフィティー・レッド(ペンタス)




千日紅




千日紅





千日紅

ヒューケラ










以前と変わらない庭の凛とした佇まいに満足し、

そろそろ駐車場へ向かおうとしたその時、

庭の入り口横、以前何もなかった空間に立つ

「軽井沢・信州へのプロローグ

 YOKOKAWA ハイウエイガーデン」と書かれた

高速道路会社の看板が、目に飛び込んで来ました。

  
その瞬間、この気取った感のする

 プロパガンダの文字列は

碓氷峠の自然に溶け込んだ美しい庭に

通りがかりの人々が、それぞれの思いで出会う時、

違和感があると私は自分勝手に思い込みました。

そして、残念な気持ちで

横川サービスエリアを後にしました。